花の山旅の二日間

今年は平地も山も花が二週間近く早く咲き、場所によっては何もかも一緒くたに咲いてしまっている感があります。

同時に山の雪解けも早い様子で、南アルプスの残雪もいつもよりずっと少ないように見えました。今回の花を求めての山旅は「山の本倶楽部」のTさんが企画され、それに参加させてもらったのでした。一泊二日で宿はいつもの甲斐大泉「ロッジ山旅」です。

 

Tさんの車にてメンバーはあちこちの「花の穴場?」に案内してもらいます。サクラソウやオキナグサにも出会えました。オキナグサは宮沢賢治の童話で以前読んだことがあり、自然の状態で一度は見てみたいと思っていた花。全身をうぶ毛に包まれていると知っていなかったら、この世にこんな姿の花があるのだろうか?と驚くと思うような花です。絵や図鑑でしか見たことのなかったオキナグサに出会えたのは喜びでした。(写真は残雪も少ない甲斐駒ケ岳)

続きを読む

7月30日 ヒオウギお花見会&バザー

いつも登っている西山をバックに満開のヒオウギ、数年前に撮影したものです。

「ヒオウギアヤメ」と勘違いされる方も多いのですが、実はアヤメとはまったく姿も色も異なるこの花が「緋扇・ひおうぎ」、「西山を守る会」のシンボルの花です。ちょうど今頃、夏の暑い時期、午前中に花開きその日のうちにはしぼんでしまう“一日花”です。

この花を「西山を守る会」の“基地”=沓掛館山に会員が丹精してたくさん咲かせ、お披露目するのが「ヒオウギお花見会&バザー」です。バザーは30日のみですが、ヒオウギのお花見会は7月30日から8月6日(日)の一週間開催しています。どうぞ今の時期にしか見ることのできない、美しいそして珍しいヒオウギの花を見にいらしてください! 会場は緑風で、都会の暑さに比べ格段に涼しいですよ。※ご来場の方にには冷たいお抹茶と京都・亀谷良吉のヒオウギの実=ヌバタマを模した和菓子「烏羽玉」をおもてなし致します。(数に限りがあります)

ご案内は下記に記載しています。

続きを読む

早春 北海道の旅 その3

明けて翌日、道路の石碑写真が出ていると言うことは・・・。そうです、山は雲のなか。中札内周辺には雨雲も通り過ぎ全くスケッチは期待できない天候です。前夜の考えでは、もっと南下して坂本直行が描いた構図に近い場所に向かうつもりでしたので、朝食後、取り敢えず出発しました。

 

北海道は広いですが、渋滞もないし道もいいのでそれなりに走ればそれなりに距離が稼げます。気づけば考えていた地点にあっさりと到達しています。でも山は雲の中。

ここでアッサリと頭を切り替え、一気に襟裳岬まで行ってしまうことにしました。観光に変更です。歌で有名なえりも岬、一度は行ってみたいと思っていました。ちょうどいい機会です。

写真はそのえりも岬に向かう十勝港(広尾町)以南、海岸際を走る道の起点にあった石碑です。空は怪しげな雲が一面に広がり、海も不思議な色合いです。

続きを読む

秩父の名峰 武甲山

武甲山(ぶこうさん)と言えば押しも押されぬ秩父の名峰です。が、まだ登ったことがありませんでした。何十年と山登りをしていても、そうした何故か登り残してしまっている山というのが幾つもあるものです。

 

そこで春にはまだ浅い今の時期、有名ドコロの名峰も今なら人も少なく静かだろうと、ついに初めて訪ねることになりました。

 

写真は山頂の「第一展望台」という一番高いところからの展望で、遠く白く見えるのは浅間山です。天気よく、新潟県境の山々まで見通せましたが、浅間山は別格、白い噴煙までよく見えました。

続きを読む

初めての山を再訪

お手本のような富士山の姿ですが、これは伊豆の付け根、三津長浜(みとながはま)を眼下にしての眺めです。

 

「長浜」バス停すぐ脇からみかん畑の中を登っていく発端丈山(ほったんじょうさん)という変わった名前の山を訪ねました。

 

それは私が初めの山登りをした山で、学生時代ワンゲルに入っていたという後輩に連れてきてもらいました。東海道線の沼津駅からバスに揺られて漁港に到着。何もかもが初めてだった当時は、交通機関も地元の生活や風土も頭に入る余裕などなく、ただみかん畑の急登を一生懸命登り、時折振り返ると駿河湾の向こうに見える富士山が印象的だった思い出ばかりでした。

続きを読む

北の大地から 最終章

さて北海道の最終日、釧路からは「特急おおぞら」を利用して乗換駅の南千歳まで10分ほどの遅れで到着。しかし待ち合わせの列車も日本海側からの風雪の影響で遅れ気味でした。

窓外の景色も、今晴れていたかと思うと急にこのように真っ白な吹雪となり、広い北海道を走り抜ける列車の厳しい環境を体験します。

 

しかし北海道新幹線もあり、新函館北斗まで辿り着き夕方の便に乗車すればその日の内に東京に到着、都会のダイヤなら深夜になっても帰宅可能です。とは言え、雪などでの遅れの可能性も考慮して余裕をもった計画だったのですが・・・。

続きを読む

北の大地へ その5

根室での充実した一日を過ごした後は、釧路に向かいました。「大人の休日パス」を目一杯使う為に一気に帰浜せず、釧路湿原を訪ねて行くことにしたのです。

 

その為に始発の「花咲線」に乗るべく、まだ暗い根室駅に向かいました。すでに列車は入線していて車内はポカポカに暖まっています。こうして定刻どおりの運行をするために、厳寒の雪のなか、どれほどの人たちが深夜から作業に当たっているのか…。今回の旅でもそうしたことを考えずにはいられません。

 

根室5:50発の各停列車も、停まる駅ごとに次第に仕事の人や学生たちをどんどん乗せて、後半は立っている人もいるほど。道北・稚内周辺の宗谷本線の殆ど人の乗降のない各停とは、ちょっと様子が違っていました。

続きを読む

北の大地へ その4

納沙布岬の後、オホーツク海側を通って一端根室市内を抜けてから向かったのは「春国岱(しゅんくにたい)ネイチャーセンター」です。

この写真は春国岱の砂州=野付に敷かれた木道を歩いている時のものです。こんな真冬の時期にここを歩く人は稀でしょうが、数日前?の人間の足跡が残されている木道を行くと、雪原にはシカ、キツネと言った野生動物の足跡が残るのみです。スケッチをしながら向こうのアカマツの林まで取り敢えず行けるところまで歩くことにしました。

続きを読む

北の大地へ その3

今回の北海道最東端訪問のメインの日は、根室市内からレンタカーで半島を一周し、その後は風蓮湖(ふうれんこ)と春国岱(しゅんくにたい)ネイチャーセンターを訪ねることにしていました。

 

まず訪ねた最東端の納沙布岬は冬期で殆ど人も居ませんでしたが、晴れた青空と水平線の境には意外な近さで歯舞諸島が真っ白に連なっているのが見えます。北方領土に関する歴史や資料展示をしている「北方館」は開館中でしばらくビデオ上映を見たり、二階に設置されている驚くほど性能のいい双眼鏡で‘北方領土’を見ました。北海道の知床半島が見えるより手前に(根室半島と知床半島に挟まれるような状態で)国後島が横たわっているのが見え、「近い」という以上の地理的位置を実感しました。

 

ともあれ当日は風は強いものの島が見える好天、誰もいない納沙布岬を燈台まで散策したり、「四島(しま)のかけ橋」と言う巨大モニュメントを間近に見上げたり、東の端っこを‘独り占め’してきました。「四島のかけ橋」は返還実現への堅い決意を象徴するため建立され、その下には「祈りの火」が返還実現の日を願い「北方館」開館時間に合わせ燃え続けているとのことです。

 

続きを読む

北の大地 閑話

ちょうど2月1日付東京新聞夕刊の文化欄に「橋をめぐる物語」(中野京子)という連載で『北海道 自然の厳しさ』という表題が目に留まりました。

内容は北海道北部内陸の山間、三毛別(さんげべつ)六線沢(現・三渓)で起きた日本獣害史上最大の惨事と言われる羆事件を取り扱った吉村 昭の『熊嵐(くまあらし)』についてでした。

 

普段からあまり小説は読まないのですが、その中で吉村 昭は別格でその文庫本は本棚に少々並んでいます。中でもこの『熊嵐』は印象的な(恐怖!)一冊で実際にあった開拓民を襲った羆のことは忘れられませんでした。

 

改めて新潮文庫に掲載されている倉本 聰の「あとがき」を読んでみれば「北海道の美しさと凄みはその自然のもつ残酷さに常に裏打ちされていると思う…」とあります。自分の都合のいい時、天候の良いタイミング、ほんの僅かな日数、観光地域を中心とした束の間の訪問・・・そうした北海道旅行しかしていない私には到底分からない‘凄み’や‘残酷さ’です。

 

それでも訪ねたからこそ感じられることもあるはずです。そして時にはこうして一冊の本が、旅する自分に想像を補ってなにがしかを考えさせてくれるものになったりします。実際、北海道を訪ねる時には常に羆(山の世界では「山オヤジ」と呼ぶ)の存在が頭から離れることはなく、同時にこの『熊嵐』が脳裏をかすめ続けるのです。

(写真は根室本線車窓から撮った漂う氷結した海の氷です。海の際の白い凸凹は海岸線の防波堤=テトラポット)

北の大地へ その2

さて旅の二日目、これは昼時に散策した折に撮った、氷結した釧路川です。いよいよこの釧路から今回の目的地、根室にむかうべく「花咲線」(根室本線の釧路から根室間の通称)の旅の始まりです。昼に接続のいい「快速ノサップ」がありましたが、敢えてその後の各停普通列車に乗車しました、根室着16:00。事前に資料をいろいろ送ってもらったり、電話での問い合わせに親切に対応してくれた根室観光協会(駅前)に立寄り挨拶してから宿に向かいました。

今ではネットで何でも調べられます。が、登山でも林道の状況など管轄の役所に電話すると信頼性が高く且つプラスαの生きた情報がもらえることが多々あるように、私は初めて訪ねる場所では地元の観光協会をフル活用させてもらいます。ネットで掲載されているものとは質の異なる情報が得られるだけでなく、たいてい心あたたまる対応で一気にその土地に行きたいモードが高まります。

続きを読む

爪木崎の水仙

登尾登山で伊豆まで足を伸ばした際、水仙で有名な爪木崎まで出かけました。計画段階ではまず、爪木崎の水仙有りきで「その周辺の山・・・登尾」となったと言った方がいいのですが、実際、爪木崎はとても遠かったです。

 

昨年も花の開花時期や作物、果実の時期が二週間ほども早まっていましたが、年が明けてそうそうの今年も、いつもよりかなり早く水仙の見頃時期になっていたようです。

 

コバルトブルーの湾内は外海の白波が立つような強風と波の荒さとは別世界ののどかさ。さすが伊豆、という風に水仙とアロエの赤い花が満開に咲き乱れ、海風にのって何ともいえないいい水仙の香りが当たりに満ち溢れていました。魅了されるのは水仙が咲き乱れる様子以上に、その香りでした。

続きを読む

過ぎゆく秋

 

10月に伯耆大山に登る予定を立てました。が、出発の直前に中国地方(鳥取県を中心に震度6強)の地震発生で登山を断念せざるを得ませんでした。しかしすでに「サンライズ瀬戸」の寝台券を取得してしまっていたし(‘乗り鉄もどき’です)、滅多に行くことがないであろう中国地方の紅葉を楽しみに出かけることにしました。

 

足を運んだのは岡山県北部の県立森林公園。鏡野町というところでこの地名に記憶があったのは「山田養蜂」(はちみつ関連製品で手広くやっているメーカー)の‘本拠地’だったからです。なるほど、こんな所だったのか…と周辺の自然豊かな環境に納得です。

 

この森林公園は面積が300㌶ほどで、北側は鳥取県との県境を成す峠や山の稜線に繋がっているそうです。駐車場や管理センターも完備されていて、園内全域には21kmに及ぶ遊歩道が整備されて安心して歩くことができます。

 

続きを読む

南の島 その5

この美しい写真、これは高塚小屋で迎えたようやくの晴れた風のない夜空です。もちろん、こんな撮影の機材も腕もない私・・・。同じ晩に宿泊し、翌日もたまたま追いつ抜かれつで下山した三人組のパーティーのお一人の画像を見せてもらいお願いして後日、送ってもらったものです。すてきですね〜! 肉眼ではこれほどまでクリアーに見えないですが、でも、天の川が白く輝いているのはこの目でもちゃんと見える美しい夜空でした。

続きを読む

南の島 その4

これは下山開始をして「平岩」という眺めのいい場所近くまで来た時に見えた宮之浦岳です。あまり良くなかった天候でしたが、山の神さまが、遠路やってきた山好きにしばし下さった風の狭間の見晴でした・・・。一日を振り返ります。

続きを読む

南の島 その3

さて花之江河(はなのえごう)という高層湿原から分れ、初日は「石塚小屋」(避難小屋)に向かいます。

 

写真がその分岐を表す地点ですが、“本道”である宮之浦岳に続く登山道は木道などの整備がありますが、石塚小屋に向かう「花之江河登山道」はそれに比べると未整備状態。かつて県道592号線が「ヤクスギランド」までしか通じていなかった時代にはこちらがメインルートだったそうですが、車道が標高の高い淀川登山口まで伸びると利用者も激減、しかも沢沿いの山道は大雨の度に荒廃激しく、今では淀川登山道に“本道”を譲り渡した状態です。

続きを読む

南の島 その2

屋久島と言えば「縄文杉」です。その樹齢は数千年(4000年以上?)だそうで、縄文杉に出会う為に屋久島を訪れる人も多いようです。屋久島では樹齢1000年以上のものだけが「屋久杉」と呼ばれ、それ以下の杉は小杉なんだそうです。気の遠くなるようなスケール! 私たち人間はコワッパみたいなもんです。

 

初日の朝「淀川(よどごう)登山口」にタクシーで向かう途中にあった「紀元杉」、運転手さんの紹介で一時降りて見学しました。この紀元杉は木の直ぐ側を巡れるように巡回路が作られていて、手が届きそうなところにそびえ立っています。「縄文杉」の前知識しかなかったので、朝一番にこの巨大な屋久杉と至近距離で出会い、もう一発で「ノックアウト」状態。物凄い迫力、もうこれは木ではない…木以上のなにものかです。もちろん人間なんぞかないません。山を歩き始める前に、すでにこの出会い・・・これから入山する先が一体どういうことになるのか…人の持つ時間軸を遥かに越えた時の流れを内包するこの山、島、木々たちに、期待というより畏敬の気持ちが自分の裡に湧いているのを感じました。

続きを読む

尾瀬訪問 その4ー三平峠を越え大清水へ

今回の最後の宿は尾瀬のなかで一番歴史のある「長蔵小屋」に宿泊しました。

 

沼から群馬県への下山路、三平峠を下った一ノ瀬まで現在では未舗装の車道が通っていますが、この道の先にかつて、三平峠を貫き福島側の沼山峠に至る自動車道路建設が進められていました。

 

尾瀬を開拓し、燧ヶ岳登山道を拓いた初代主の平野長蔵は大正期「尾瀬沼ダム化計画」に反対し奔走、当時の内相に請願し阻止しました。これが自然保護が社会問題となった最初ですが、初代の遺志を継ぎ二代目長英、そして三代目の平野長靖も尾瀬の自然保護に尽力しました。昭和生れの三代目・長靖は初代環境庁長官・大石武に目前まで迫っていた自動車道建設工事の中止を直訴し1971年7月に止めることが出来ましたが、過労を押しての同年12月の下山中、三平峠で凍死、36歳の若さでした。(長蔵小屋HP参照) 

 

水芭蕉やニッコウキスゲを思い描く憧れの湿原〜“遥かな尾瀬”も、実はこうした先人の命をかけた生涯によって守られていることを、心の片隅におきながら歩ければ…と思います。

続きを読む

尾瀬訪問 その3ー尾瀬ヶ原から尾瀬沼へ

尾瀬ヶ原の入口「山の鼻」で迎えた朝、至仏山はすっぽりと雲のなかでしたが、原の木道に出てみると幸運なことに燧ヶ岳(ひうちがたけ)がきれいなシルエットで望めました。途中で見え隠れしていましたが、山頂が隠れる前に一枚スケッチもでき、行楽スタイルのハイカーと共に歩き出しました。今回は竜宮ではなくヨッピ橋経由で見晴に出るコースを取りました。なにもかも、本当に久しぶりの尾瀬ヶ原です。

続きを読む

尾瀬訪問  その2ーヒツジグサ

 

これはヒツジグサ=未草、です。

尾瀬入りした日、午後の時間を利用して尾瀬ヶ原の入口「山の鼻」まで足を伸ばし、今まで訪ねることのなかった「尾瀬植物研究見本園」を巡りました。歩いた時間がちょうど午後2時ころ、未刻でした。この花の開花時間にちょうど居合わせることができました。普段、登山のための早朝出発時にはこの美しい真白い花をみることができません。

思いがけない花との出会いでした。

続きを読む

湖畔を歩く

 

立秋過ぎて、関東は連日猛烈な暑さとなっています。場所によっては体温より高い気温。子供の頃には考えられなかったような気温が普通となり、異常な暑さのあとのは30℃の数字が「涼しく」感じられるのですから、驚きです。

 

さて、そんな暑さからちょっと逃れ日光の中禅寺湖まででかけました。さすがに下界よりは涼しいですが、この日は風もかなりあったせいで湖はちょっとした波打ち際のようにさざなみ立ち、散策路の森から突然、海に飛び出したような錯覚に陥りました。

(左の奥に写っている山は男体山です。)

続きを読む

ヒオウギお花見会とバザー

7月31日(日)に厚木の沓掛館山(「西山を守る会」の下界拠点)にてヒオウギのお花見会とバザーが開かれました。

当日はカンカン照りでない、程よい曇りで激しい猛暑でなく助かりました。会場の木陰ではいっそう吹く風も心地よく、昼過ぎまで降られることもなく盛況の内に終了することができました。

遠路からもいらしてくださった方もありました。

ご来場のみなさま、心より御礼申し上げます。

 

※なお、会場はこの週末8日まで午前中、お花見で解放されていますし、絵葉書やアクリルたわしなど「西山を守る会」グッズの販売もしています。

続きを読む

三陸沿岸を乗り物で〜その2

さてBRT(バス高速輸送システム)の終着駅「盛駅」からは三陸鉄道南リアス線に乗り換えます。

盛駅前は向かって右手がJRの駅舎、そして左側に三陸鉄道の駅舎が並んでいますが、JRは鉄道ではなくBRTのバスなので今ひとつ‘活気’に欠けます。

 

その代わり?三陸鉄道の方は写真のように広くない駅待合室ですが、所狭しと「三鉄グッズ」が並べられ、目移りしてしまうほど。しかも駅職員の女性がとても細やかに温かく接客してくれて、何となくお土産の一つでも買いたい気分になります。売店脇のテーブルと椅子では、地元のおじさん達がお茶をしながら世間話をしていました。とてもいい雰囲気の駅でした。

続きを読む

三陸沿岸を乗り物で〜その1

五葉山再訪の続きというか、こちらは山ではなく「平地」の旅の話を少々綴りたいと思います。

 

今回の「大人の休日パス」では郡山から東北新幹線で一ノ関に北上し、そこからは在来線の旅となりました。昨秋、青森県・種差海岸を訪ねながら八戸からJR八戸線で南下し、念願の三陸鉄道(北リアス線)に乗車できたので、今回は南から北上です。

 

東日本大震災後何度か訪ねている東北も、自家用車か観光用のバス利用でしたので、今回は是非、地元の在来線とBRT(バス高速輸送システム)に乗車したかったのです。

 

写真は、新幹線の一ノ関駅からJR大船渡線(ドラゴンレール大船渡線)に乗り換え到着した気仙沼駅の様子です。本来ならここから「ドラゴンレール」の呼び名の如き、物凄いうねりを描いた路線が陸前高田経由で大船渡へと向かっていたのですが、津波被害で破損した線路上を道路にしてBRTと呼ぶバスが走るシステムになっているのです。バスなので勿論、路線ルートからはずれ町中もくまなく走り回ります。

続きを読む

かわいいブローチ

色とりどりのアクリル毛糸で編んだブローチです。

 

もともとは「西山を守る会」のバザーのためにアクリルたわしを作っていた会員のメンバーが「これはブローチにもなる」「たわしより小さいサイズで、ミツマタを模して編めばもっと可愛い」とアイデアを出して工夫したものです。

 

「山の絵」個展には毎回、これらのアクリルたわしやかわいいブローチが会場に並びます。いつぞやは、私が胸につけていた椿を模したこのブローチを目にした女性が、どうしてもそのブローチが素敵なので欲しいとおっしゃり、お譲りしたこともあります。

 

この手づくり品は販売用ではありませんが、気に入った方には一つ100円のカンパでお譲りするようにしています。今回の個展会場にも並ぶ予定です。(ちなみに宣伝をしている私は編み物を全くできません(;_;)

 

カンパしていただいたものは、この「つれづれ」にも度々登場している「西山を守る会」と「渋沢丘陵を考える会」の活動に寄付させて頂いています。

 

会場に足を運んで頂いた折には、こんな可愛いグッズにもちょっと目を向けてくださったら幸いです。

渋沢丘陵の今

これは先日、八国見山(やくみにやま)下の電波塔から撮影した嵩山(たけやま)です。

昨年前半までは向こうまで雑木林が続く中をずっと歩いていけました。今は草も木もない、土がむき出しになった荒涼とした景観と化しています。ここは神奈川県が自ら「人にとっても生き物にとってもこんな素晴らしい環境は末永く残すべき」と環境調査書に書き、環境評価報告書では総合評価最高ランクのA1をつけた場所にもかかわらず…です。

 

ここに何ができるのか・・・神奈川県西部、相模湾が見通せる大磯丘陵の一部、渋沢丘陵と呼ぶ20ヘクタールの自然豊かな里山と急峻な谷をもった丘稜を崩し、その残土で埋めた後には15000基の墓石が並ぶ墓地が造られます。「渋沢丘陵を考える会」では2013年にシンポジウムを開いたり、県や秦野市に申し立てを行ったり様々な活動をしてきましたが、工事は開始され物凄い勢いで破壊されています。

墓地を造るのであれば、このような大掛かりな埋立工事の必要のない代替え地が渋沢周辺にあることも提示していました。何故わざわざこの丘稜と谷を潰すのでしょうか? 巨大な利権と欲の為でしょうか・・・。

(下の写真はクリックすると大きく見ることができます。)

続きを読む

ミツマタ桃源郷

丹沢前衛、厚木荻野地区にある西山三山。一番南に位置する荻野高取山は採石によって日々、山容を崩され山自体が失われつつありますが、その高取山に達する尾根の一つに松石寺尾根があります。その尾根の下方、大平高取登山口にはミツマタが群生していて、この時期には美しい淡いクリーム色から黄色のグラデーションの世界になります。

 

新聞や地元ミニコミ紙などで宣伝されたこともあり、多くの方が訪れたり、西山登山も兼ねた山ツアーも組まれたりとここ数年賑わいを見せています。

「西山を守る会」のブログでは13日㈰に七分咲きとありました。明日からの晴れ間には満開のミツマタが楽しめると思います。

 

続きを読む

只見ふるさとの雪まつり

福島県南会津の只見での雪まつりに一泊二日のバスツアーにて行ってきました。昨年に続き二度目ですが、去年は豪雪地帯の地元のお年寄りもこんな大雪は初めてだ、というくらいの記録的大雪でした。が一転して今年は雪不足。写真の大雪像「サン・マルコ寺院」も昨年の「東京駅丸の内正面」に比べると規模縮小、雪を集める苦労の末出来上がったようです。

恒例の「祈願花火大会」。二日目の会場は雪ではなく風雨が激しく、主催の方々はとても気をもんだことと思いますが、どうにか雨は上がり強風ももろともせず、こんなにきれいに打上花火の響宴が繰り広げられました。

続きを読む

北海道の旅Ⅲ

斜里岳の麓、清里町での一日=移動日でなく滞在できる貴重な一日は、ペンションのオーナーのお勧めで「宇宙展望台」に向かいました。除雪してある所まで送ってもらい、そこからはレンタルのスノーシューにて展望台まで登っていきます。本来なら正面に大きく斜里岳が見えるはずですが生憎山は雲の中。やむなく雪原風景を描いていると雪が舞い始め、傘を差しながら尚も描いていると横から降りつける雪がドンドン積もり始めました。一瞬にしての天候急変。慌てて片付け下りれば展望台下に置いてあったスノーシューも雪に埋もれ始めています。

 

で、除雪してある道路にやっとこさ出たら、あれま!青空ものぞいています。雲や風の動きでコロコロ天気が変化…。

(写真中央に小さく見えるのが展望台のヤグラです)

続きを読む

北海道の旅Ⅱ

暗くなる前に駅まで戻ろうと16時頃に「北のアルプ美術館」を失礼し雪道を歩き出しました。空は夕刻に向かい淡い桃色に染まりだし、振り返れば生クリームをもっこり盛ったような純白の海別岳が雑然とした町の向こうに、この世のものとは思えない美しさで在るのです。息を呑むような神々しさ… ほとんど車も来ない車道の真ん中に立ち止まっては、思わず小さな画帳に描きます。

 

もっと見える所があるはず!もうすぐ夕闇になってしまう!と心は急くばかり。何度も何度も振り返りつつ駅に向かい必死で小走りし、駅手前に線路をまたぐ高架橋を見つけました。駆け上るとやはりそこからが一番よく海別岳だけでなく斜里岳もよく見えます! 

手元が見えなくなるまでスケッチしていると、辺りはもう真っ暗。白い山もぼんやりとして、もう形がつかめなくなっています。やむなく駅に戻り「本当に美しかったなー」と感慨に耽りつつ、冷えきった身体を暖かい駅舎の待合室で温まりながら夕刻の鈍行列車を待ちました。今夜の宿は清里町、斜里岳の麓にあるペンションです。

続きを読む

北海道の旅Ⅰ

過去にも登場したJR東日本の「大人の休日パス」ですが、冬期間(今回は1/21〜2/2)を利用して五日間の北海道の旅に行ってきました。日頃の雑用の山で中々一歩を踏み出せないでいるところ、山岳会の先輩方から『北の国には冬に行け、南の国には夏に行け』という欧州の諺がある…とご自分の体験も踏まえて背中を押して頂き出掛けてきました。

 

すべて鉄道利用で青森までは新幹線で移動しても、あとは在来線の乗り継ぎです。今回の目的の知床斜里にある「北のアルプ美術館」までは往路で二日間費やしてやっとたどり着きます。そして帰路にまた二日間必要で、中日一日を斜里岳の麓で過ごしました。

写真は函館〜札幌に向かう「スーパー北斗6号」の車窓から見た駒ケ岳です。北海道に入ると青い空になりました。)

続きを読む

石砂山・いしざれやま

年内最後の山は先日につづき神奈川県・藤野の奥、菅井集落からの石砂山に行きました。

 

この山は時季になるとギフチョウで有名?ですが、今は木々がすっかり葉を落とし、明るい冬枯れの登山道をカサカサ音をさせのんびりと歩くにはもってこいの山です。577mの山頂は双耳峰になっていて小山ながらはっきりとした2つのピークは遠目にも目立ち、山座同定には重宝です。

昔、春に登ったときに春蘭をスケッチしていると、傍らをギフチョウが何頭か戯れ飛んでいるのを見たことがあります。その頃はまだ石砂山もさほど「有名」でもなく長閑でした。

続きを読む

神奈川・藤野の山

時折お声をかけて頂きご一緒している横山厚夫さんとの中央沿線の山歩き、暖かな一日だった冬至に神奈川と山梨の県境近い藤野町の低山ハイクに出かけました。今日の目的は峰山から派生する尾根上の414メートル峰です。木漏れ日が暖かい風もないまことに気分のいい冬の山歩きで、ちょうど町の学校?から昼を知らせる鐘が聞こえた頃に私たちも背中にお天道さまを背負ってお昼としました。

その食事時、ご一緒の山田哲郎さんがお尻に敷いていたのが今では殆ど目にすることもなく、まして「現役で」使っている人はまずない「尻皮」です。これは穴熊の毛だそうでフカフカでした。昔は一番高級なのがカモシカのもので、勿論もう手には入りません。同行の方が珍しい尻皮を当たり前のように使ってられるのが、何だかちょっぴり誇らしく感じたのでした。(※尻皮は猟師など山仕事の人が腰に巻いて座るときに使用していたもの)

続きを読む

富士と面する

前日の天気予報では晴れマークだったところが急に強い寒波襲来で雪マークに。朝、車を出発させたその車中でもまだ行く先定まらずで、同乗の山友さんと頭を絞っていました。で、高速を西か東(北)か…インターを入ったところで西へ舵を切り今日の目的地を御坂山塊と決定しました。

 このキワドイ選択が大当たり。登ったのは雪頭ヶ岳から鬼ヶ岩、そして鍵掛峠から西湖に下るという周回コースでしたが、朝一番の登りでは5℃を切る気温のなかでも少々汗ばむくらいのアルバイト、そして振り返れば正面に富士山が広く裾野を広げていました。眼下には西湖が輝いていましたが、この光景も数時間とはもちませんでした。

続きを読む

西山・紅葉狩り山行

月例山行が雨で中止となった11月、最後の日曜日に紅葉狩りの山行がありました。今年は暖かかったせいか、まだモミジが色づくにはちょっと早かったようですが、広葉樹に恵まれた西山の紅黄葉は充分に楽しめました。

続きを読む

夜行急行

最近はニュースなどで次々と姿を消す寝台特急が取り上げられ、そうするともう決してその寝台券は取れないほどの‘競争’になります。その影で静かに毎晩本州の青森と北海道の札幌を結び走っている夜行急行があります。

まだ今なら寝台券が手に入るかも…ということで、例の「大人の休日パス」を利用しての計画。間際まで日程が調整できず、ギリギリの二日前に「みどりの窓口」へ出向き空席を尋ねたのがどうも良かったのかもしれません。最後の一枚(キャンセル分だったのか?)が取れました。

続きを読む

福島の青空

向こうに見える三角二つは会津磐梯山です。雲一つない青空、登るに連れて猪苗代湖の水面が大きくなり、磐梯山より西には安達太良山、吾妻連峰もくっきりと見えます。一年にも何度あるだろうか?という安定した高気圧に日本列島全体が覆われた数日のなかの一日、郡山まで足を伸ばしました。

続きを読む

やさしい山道

「森山の会」二日目もこれ以上ないと云った好天に恵まれ、しかもその見通しのきく青空は終日つづきました。その日皆で歩いたのは私も数度目の北八ヶ岳「八方台」。当日はその名に恥じぬ大展望で、前景には八ヶ岳連峰の尾根が重層的に雄大に拡がりそして南アルプス、向こうにはくっきりと御嶽山や乗鞍岳まで見えたのには驚きました。御嶽は今は静かな姿となっていて、また二度目の雪の季節がもうじきとなります。

この八方台周辺の幾つかのコースの登山道は、どれも標高差も少なく且つその道自体の足当たりの良さは秀逸です。落葉松林の中ではその落ち葉がやさしいクッションとなり、またシラビソなどの針葉樹林のなかではしっとりとした苔の道となります。

足を悪くして今は療養に励んでいる知合いの方を、良くなったら是非この道にご案内したいと思いつつ歩いていました。

続きを読む

丹沢・西山を歩く

以前から何度か登場している丹沢前衛、厚木にある西山です。この写真はその西山三山・荻野高取山の先にある「発句石 ほっくいし」の踊り場から見下ろした景観で、砕石によって山がだんだんとなくなっています。

 

ここを『西山を守る会』は月例踏査として十年以上、毎月歩き続けています。私も都合がつく限り、一緒に歩かせてもらってます。

低山ながら杉などの植林が少なく、自然林に包まれた西山。そこを登ってきて砕石場の際に当たるこの踊り場まで来た初めての人は、皆息を呑み言葉を失います。都会で便利な暮らしをしながら「採石するな」とは言えませんが、この西山の稜線を失う経緯に関しては、誰かさんが「解釈」をひねっただけで安全保障の根底をひっくり返そうとしているのと、あまりにもよく似たものがあるのに驚かされます。

続きを読む

TSUKA家具工房

続きを読む

北岳の花

(写真はミヤマハナシノブ。美しい色と儚げな姿で人気ランク常に上位の高嶺の花です。)

日本の最高峰富士山はその端正な姿で誰しも魅了しますが、第二の高峰北岳には富士山にはない素晴らしいお花畑がそこかしこにあります。雪解けまもなくの6月下旬から7月上旬にかけては北岳固有種のキタダケソウが美しい白い花を咲かせますが、まだ私は見たことがありません。


今回も多くの花々を観察しましたが、不思議に感じたのはいつもならお盆以降に見ることができる秋の花が、夏の盛りの花と一緒に咲いていることでした。山小屋の方も花が一斉に咲いていること、また下の方にしかなかったタデなどの植物がだんだんと標高を登ってきていることを話していました。

シカの食圧だけでなく、温暖化によるのでしょうか、植物群も私が昔北岳に来ていた頃とは様子が違ってきているようです。

続きを読む

ししどりんご園

続きを読む

ヒオウギ花見会・バザー

7月26日㈰ 厚木の丹沢山麓にて「西山を守る会」の恒例行事、ヒオウギ花見会とバザーが催されました。ヒオウギは暑いこの時期に花期を迎えるために、会場で会員が丹精をして咲かせたヒオウギをお披露目しながらバザーも開催しているのです。

昨日は日本各所で最高気温を記録するような超酷暑の日でしたが、それにも拘らず多くの方が会場に足を運んでくださいました。

心より御礼申し上げます。

35℃以上になる暑さでも、沓掛館山の会場木陰の中はちょっと息がつけます。いらして下さった方々には、京都から取り寄せたヒオウギの咲いた後に出来るヌバタマ(種)を模した品のある和菓子『烏羽玉』を添えて会員が一つ一つ丁寧に点てた冷製のお抹茶を振舞います。

続きを読む

高原の夏

続きを読む

種差海岸 東北の旅三

続きを読む

craft shop 呆房 東北の旅二

続きを読む

N’works 東北の旅 一

続きを読む

コアジサイの山

続きを読む

大鹿村

     目の前に拡がる中央アルプス(左より南駒ヶ岳、右に空木岳) 
     目の前に拡がる中央アルプス(左より南駒ヶ岳、右に空木岳) 
続きを読む

ヤマツツジ 鮮やか

4月末の好天、横山厚夫ご夫妻のお伴をさせていただき中央沿線、藤野のヤマツツジを愛でに出かけました。折しも一番の花盛り。それはそれはいい日和でした。出かけた先は石楯山。まずは石楯尾神社にお参りし、そこではシュンラン、イカリソウが咲いていました。それから石楯山をひと登り、ヤマツツジのトンネルをくぐり展望台に出ました。

 

展望台での昼食とデザートを戴いた後には「チゴユリの道」と云うくらい咲き乱れた山道を辿り、青い星を散りばめたようなホタルカズラにも出会い、午後に一本松山に到着。その後こんどは「ジュウニヒトエの道」となったり、タツナミソウと思っていたのは実はオウギカズラ、またヤマルリソウ、ホウチャクソウ、フデリンドウなどなど、花のプロムナードが彩られました。

 

人里近い軽い山歩きで、こうした花たちに出会えるのは貴重なことです。約束して出会えるものでもなく、彼らは自分たちの持ちうる力や知恵をつかって微妙なバランスの中で精一杯生きています。季節が来れば出会える、それは当たり前のようであって、決して当たり前のことではないのだと思います。

美しい春の西山

続きを読む

丹沢の秘境!?

変わったものが写っています。これはツチグリというキノコですが、実はそう珍しい種類ではないそうです。東丹沢前衛の華厳山への稜線途中で見つけました。


厚木の荻野地区に西山三山と呼ばれる山並みが南北に連なっています。その名は経ヶ岳、華厳山、荻野高取山。人気の仏果山から続く経ヶ岳までは多くの登山者が足を伸ばしますが、この西山三山まで歩く人はグッと少なくなります。


が、実は本当に味わいある雰囲気は華厳山以南であり、その魅力は500mそこそこの低山ながら、豊な自然林に包まれていることであります。しかもこの稜線は「厚木市市道」でもあり、かつては厚木の名湯の一つである「飯山温泉」まで辿れる稜線上の道でありました。しかし、旧「相模興業」(現「人の森㈱」)による採石で荻野高取山はどんどんと崩されて、今はもう飯山温泉まで行くことはできません。

続きを読む

雪に埋もれつつも・・・

すごい積雪です。これは福島県奥会津・只見の町中のワンショット。先日「第43回只見雪まつり」に行ってきました。

都会ではたった3センチ程の積雪でも都市機能に支障をきたすのに、3m以上の積雪の中でも町は‘通常通り’動いています。

とは言え、この除雪にかかる人々の労力と苦労、そして経済的な重みは都会暮らしの人間には想像もつきません。

その厄介な雪を逆手にとって、雪を売り物にした「雪まつり」です。朝、東京駅を出発した私たちのツアーバスの着いた会場では、再び大雪像『東京駅』が迎えてくれました。

続きを読む

県内のビジターセンター

 先の松田での「ろうばい祭り」の折、丹沢湖・玄倉(くろくら)にある「丹沢湖ビジターセンター」に立ち寄りました。

 このセンターは来る3月末日にて閉館することが決まっています。その前に、職員の方にご挨拶方々、又同行の山友さんが「クマ調査」の為の情報収集をしたいこともあり立ち寄りました。

 

閉館の理由は一言、緊縮財政のようですが、西丹沢にはもう一箇所別に「西丹沢自然教室」があるからいいではないか、とか…。しかし両者の機能は全く異なったもので、実際「西丹沢自然教室」にはこの「丹沢湖ビジターセンター」の‘代わり’は出来ません。

 

目に見えるビジターセンターの入館者数は確かに少ないかもしれませんが、センターの持つ機能は‘来館者’だけではありません。寧ろ表面には出ない、長年蓄積された地域の自然情報、その推移の把握など、職員の方々が日々現場に豆に足を運んでいるからこそ収集できるものがあり、それこそが他に代えがたい「財産」なのです。

 

そうした情報は今回の「クマ調査」のような専門的なことをしている人にとっても貴重であるばかりでなく、一般登山者や引いてはオートキャンパーなどの観光客にとっても時には重要な情報発信の元となっているのです。すべて一朝一夕に成るものではありません。

 

そうした事を考慮せず、財政面のみでことごとくこのような施設を切り捨てていこうとする神奈川県の方針に疑問を抱きます。黒岩知事は多くの人を県内に呼びこもうと奮起しているようですが、昨今の自然の猛威など考えると、こうした地道な活動をし続けてる機関の閉鎖は、のちに取り返しのつかない事になるのではないかと危惧します。(後日訪ねた「宮ケ瀬ビジターセンター」も同様に危うい状況の気配らしく、愕然としました。)

新年あけましておめでとうございます

厳しい寒気に包まれながら年が明けました。それでも横浜など関東南部の平野部では、雪のないお正月を迎えられます。都心がこうした気象条件の地域に位置していることで、どれほど助かっているでしょう。

昨年は大きな自然災害が幾つもありました。東日本大地震以降、地殻もダイナミックに動いているように感じます。おごることなく畏れを抱きつつ、自然の恵みを受けながら人も知恵深く生きることを求められているように思います。

本年もどうぞよろしくお願い致します。

(写真は昨年の3月、‘豪雪’の霧ヶ峰・カボッチョや池のくるみにて

スノーシューで遊んだ時のものです。雪の上でお茶しています。)

年末の読書と「面白い?動画」

普段の生活で一番集中して読書できるのが(私の場合)電車の中ですが、そんな細切れ読書のなか、年内に敢えてここの欄で取り上げたいと思った一冊をご紹介します。

 

『リニア新幹線ー巨大プロジェクトの真実』(橋山禮治郎著 集英社新書) 硬い本ではありますが、一般的な新書にあるような読みにくさもなく、え~~~!!と驚きの連続で読み進みました。


この本の著者は「賛成」でも「反対」でもないというスタンスですが、細かいデータによりこの計画がいかに誤っているかを次々と展開していきます。

お正月向きの内容かどうかは疑問ですが、年末年始の休みに一読してカッカとくれば寒さも忘れる??でしょうか。

 

それよりも笑って分かる動画がお好みの方は、どうぞ下記のYouTubeをご覧ください。現実は笑っていられませんが・・・。

続きを読む

丹沢ブナ党シンポジウム

23日、横浜市内の市従会館にて『丹沢に未来はあるか』のテーマで「丹沢ブナ党」のシンポジウムがありました。会場には追加の席を用意するほどで、約100人の参加者でいっぱいとなりました。

 

講演は東京学芸大名誉教授の小泉武栄氏、後半はパネリストを迎えてのパネルディスカッション、そして最後は会場との質疑応答などで13〜17時近くまで、熱心に丹沢のブナやシカ問題、また渋沢丘陵のこと等が語られました。

 

印象的だったのは、渋沢丘陵で甲虫類の調査をしている齋藤理さん(神奈川昆虫談話会会員)の研究内容の発表でした。聞いたこともないような5㍉足らずの甲虫の写真をあげながら、それが絶滅危惧種などのように目立つこともないが、微妙で豊かな、多様性ある環境だからこそ存在するとのことで、そうした珍しい甲虫類が何種も生きている渋沢丘陵の存在の貴重さを教えてもらいました。また渋沢丘陵は丹沢山塊に連なるポイントとしても重要な位置にあり、そこが大規模霊園開発で潰されてしまえば、それに連なる大磯丘陵などへの生態系への影響は避けられないだろうという話でした。

 

多岐に亘るパネリストの話の数々でどれも興味深かかったのですが、最後に小泉先生がおっしゃった「森の再生と動物の再生はつながっている」という一言は示唆に富んだ、まことに端的に自然と人との関わり合いかたを示された言葉と受けとめました。

 

害獣として生き物を排斥するだけでなく、本来は里山にて共に生きてきたという事を思い返し、そのように里山や森を作っていかなければならないことに、改めて気づき直す時が来ています。

ししどりんご園

福島の「ししどりんご園」さんからプレゼントが届きました!

 

東日本大地震以降、私は福島や東北の山にたびたび行くようになりました。

 

原発事故の三ヶ月後にまず安達太良山に登りに行きました。その帰路にフルーツラインを通った折、桃を買いたくて偶然入ったお店がこの「ししどりんご園」でした。

 

以来「プレミアムフルーツクラブ会員」になって毎月様々のくだもの(さくらんぼ、桃、ブドウ、なし、りんご)を送っていただいたりのお付き合い。今年は宍戸さんご夫妻が、秋の日野春アルプ美術館(八ヶ岳南麓)の個展にご来館くださって驚きました。

 

そして今回はこのプレゼントです。私が今年「プレミアムフルーツクラブ会員」に数人の友人を紹介したからでしょうか・・・。なんとも嬉しい贈り物です。震災や原発事故から三年九ヶ月。

☆忘れてはならないのは、

福島で作られた電気はすべて都会の私たちが使っていました☆

破壊されてしまう、渋沢丘陵

八国見山(やくみにやま)山頂
八国見山(やくみにやま)山頂

皆さんは八国見山をご存知ですか? 小田急・渋沢駅から歩いて20分の所に里山の自然がそのまま残っている渋沢丘稜がひろがっています。そこにある小さな山です。この山の南面には急峻な谷があり、相模湾に続く中村川の源流となっています。

 

今、そこに15000基の墓石が並ぶ東京ドーム4.5個分(約20ha)の大規模霊園が造られようとしています。かつては当たり前だった、しかし今では大変貴重な自然が豊かに残されているこの丘稜を私も何度か訪ねては観察を楽しみスケッチもしてきました。

 

馬蹄形に拡がる丘稜を崩し、急峻な谷を埋める正気の沙汰とは思われない工事です。大磯丘陵の北西部に当たるこの地域は、地球規模から見ても最も地殻変動のダイナミックな場所で、大きな災害が「日常化」しつつある昨今、その危険性だけでも大いに疑問が持たれます。

ましてここは神奈川県の環境評価報告で自然度が最高ランクのA1とされ、一体として保全されることが望ましいと県自身が謳っているところです。

 

「渋沢丘稜を考える会」はシンポジウムを開催し、秦野市や神奈川県に対してさまざまな抗議活動を行なってきましたが、納得できる回答もないままに秦野市長が10月3日に工事の許可を出してしまいました。


続きを読む