加入道山を道志から登る

いよいよ今年最後の山となりました。毎月一度くらいのペースで山行を共にしているIさんとの忘年山行の行く先をどこにするか? 「交通渋滞」にかからない場所でいい所はないか?とあちこち考えて出てきたのが、久しぶりの丹沢です。表丹沢は大勢人が入っているだろうし、二十数年ぶり?で西丹沢の加入道山(かにゅうどうさん)を山梨側(北側のバリエーションルート)から入ろうと云うことになりました。

予想通りというか当然ですが、そんなところから歩くひとは居らず、稜線に出るまでは貸し切り。しかしその急登はかなりなもので、つま先あがりの3時間ほどの登りでアキレス腱とふくらはぎの筋肉が伸び切ってしまいました。稜線に出ると南側からの暖かい陽ざしでポカポカ。そしてさすが西丹沢を代表する山、行き交う登山者も結構いますが、みなさん、静かな山好みの人でしょう。

写真は辿った尾根の横にずっと控えている大室山(大群山)の姿ですが、こうした横からの至近距離での眺めは滅多にないと思います。山梨側からは遠くから見ても格好の良い山ですが、近くだといっそう堂々としていて迫力満点です。

続きを読む

西山のモミの木地蔵

今年最後の丹沢前衛、西山山行に参加しました。と言っても今回は月例山行ではなく、西山三山の一つ、経ヶ岳からの登山道整備が目的です。登りは高いところを目指せば問題ないのですが、下山時に尾根を外して迷ったり、また最後の出口で鹿柵に阻まれ「脱出」できなくなったり、そうした事を防ぐ為の作業です。

晴れ渡った空の下、汗をかくほどの陽気でしたが、おかげで寒さ知らずで作業もはかどりました。いずれヤブとなりそうな尾根筋のシロダモの幼樹を刈ったり、上から見て左右どちらか迷いそうな地点に、事務局の荻田さんが作成してきた「道標」を付けたり、沢山の作業で予定時間を大幅に上回りました。

続きを読む

忘年・鍋パーティー&テント&山

 暗闇のなかで燃える焚き火・・・

毎年、仲間との新年或いは年末におこなう鍋パーティーを今回はテント泊としました。しかし当日は強い寒気団が日本中を覆って冷え込みが厳しいとの予報。毛糸の帽子をかぶり、防寒ズボンの上から巻きスカートを巻いて埴輪スタイルになり…万全の態勢でのぞみました。が、無風だったおかげで覚悟していたほどの寒さではありませんでした。

まずは焚き火作り、そしてテント設営、炭の火がおきれば七輪が大活躍です。初期の頃は焚き火の上に網を置き直火で調理していましたが、鍋は真っ黒、餅も焦げ、芋も炭と化し・・・、氷点下ではガスストーブも気化せず使い物になりません。その後、新兵器の七輪購入で素晴らしい煮炊き環境が整いました。それでもこの焚き火は欠かせません。まず、暖かい。そしてこのゆらめく火と、パチパチはぜる木の音…なんとも言えません。夜はみんなで焚き火を囲み、ホットワインとお燗の日本酒での語らいのひとときです。

続きを読む

最北端への旅 最終章

これは稚内から旭川に向かう特急車窓から写した一枚です。(サロベツ川??)まだ厳冬期前ですが、川が白く凍っています。こうした景色は年明けの1月、2月に訪れないと出会えないと思っていました。今年の冬は殊の外早い降雪そして根雪で、降雪量の多さに地元の生活は厳しいものになるでしょう。そんなことを考えながらも、やはり旅人の目には美しく感じるのも正直なところです。

続きを読む

最北端への旅 その5

鉄道の話ばかりでしたが、やっと山が登場です。稚内に到着し宗谷岬に行った翌日、終日現地で過ごせるたった一日、この日に天気の照準を合わせて来ましたが、それが幸運にもピッタリとなりました。レンタカーを借りてノシャップ岬方面に向かいました。岬を西側に回り込んで、昨日鉄道の車窓から見たサロベツ原野の日本海際の道路を走れば、もしかして利尻富士が見えるかもしれない…と云う希望を抱いて遥々やってきたのですが、見事、写真のような美しい利尻岳の姿を目にすることができました。午前中はそれでも頭を雲の中に隠しなかなか全容が現れなかったのですが、昼休憩を挟んで「ノシャップ寒流水族館」から出てきてふと日本海側を見ると、な・なんと! きれいな三角錐が見通せるではありませんか!!

 

午前中に引き続き、車を停められる場所を必死に探し、夢中になって利尻岳のスケッチをしました。レンタカーのおかげで強風や極寒を避け描くことが出来ましたが、狭い車内での制作で翌日は無理な姿勢と自重を支え続けたおかげで、足腰がひどい筋肉痛になっていました。絵に夢中になると他のことを忘れてしまう為、後になって「しまった…」となります。

 

けれど、夢にまで見た美しい利尻富士を奇跡的に見ることができ、心の中で手を合わせて感謝しつつ描いていました。初めて訪ねた北の最果てで、地元の人でも山頂まで見ることが珍しい利尻岳を、しかも雪化粧の美しい姿を描くことができ、本当に幸運な一日でした。翌々日からは30mを越えるような暴風雪がひかえていたのです。

続きを読む

最北端への旅 その4

6時間に渡る宗谷本線の旅も昼に終着の稚内駅に到着し終了。ちっとも長く感じず、正直もっと乗っていたかったほどでした。午後からは晴れ間がのぞく天気になっていましたし、日本の最北端「宗谷岬」に行ってみることにしました。稚内駅前からお得な往復バス券が販売されていました。「宗谷岬」までは片道50分の道のりですが、その路線バス自体がなんと時刻表で2時間40分も費やす超長い距離を走り通すもので、それだけで北海道の広さを感じます。

到着した宗谷岬、上の写真はまさに日本の最北端を示すモニュメントです。晴れ渡っていればすぐ目の前にサハリンがくっきりと見えるそうです。オホーツクからの強風が吹きつけていましたが、駐車場からモニュメントまでの周辺はきちんと除雪されていました。

続きを読む

最北端への旅 その3

さて「豊清水」でかなりの時間を過ごした後、動き出した列車。乗客は地元の人一人と乗り鉄のお兄さんと私だけで、まさしくJR北海道の厳しい現実を肌で感じるのですが、それでもやはり列車を待っている人もいます。

 

長いこと停車した「豊清水」の次の次、無人駅「咲来・さっくる」で大荷物を背負ったバックパッカーが乗車してきました。聞けば野宿をしながら歩いて回っているとのこと。その人は私に「どうして遅れたんですか?」と尋ねてきました。誰もいない無人駅で、どうして列車は来ないのだろう…とずっと待っていたはずです。

そして遅延の為に予定していた「音威子府」での停車時間がなくなり、食糧補給も叶わず「朝食を仕入れることが出来なくなりました」とも。山での縦走で、ちょっとした美味しい食材をもらったりすると嬉しくもありがたい経験がある私は、手持ちの“お菓子パック”からチョコビスケットとナッツ・バーの行動食を差し出しました。多少の足しにはなったかな?です。このバックパックの人は「問寒別・といかんべつ」という何もない駅で下車しました。再び雪の道を単独、歩いて行くのです。ご本人曰く、出身地は関東だが今は北海道に住んでいて夏はバイクで、冬はこうして徒歩でウロツイているのですと。北の大地では、こうした「強者」が時折居るとのこと、同乗の乗り鉄お兄さんが語っていました。鉄道もスゴイけれど、そこに生きている人もまたスゴイと驚きです。

続きを読む

最北端への旅 その2

朝まだ暗い内に旭川駅に雪を踏みしめて向かいます。下り稚内まで通しで行く列車は一日三本のみ、各駅停車で終点稚内まで走るのは6:02発の一本のみで他二本は特急や快速です。

 

5時半には駅に到着し入線時刻前にホームで待っていると2両編成のワンマン車両が入ってきました。「キハ40 1712」と書かれた車両に乗り込みますが、こちらは名寄(なよろ)までの運行で切り離されてしまいます。宗谷本線もご多分に漏れず朝の各停は学生の通学列車であり、それも名寄まで。あとは稚内終点まで、当日は乗り鉄の男性一人と私、そして途中乗車・下車のバックパッカー1名と地元の人2名、ほぼそれだけでした。これがJR北海道の現実です。いくら広大な北海道の旅には鉄道がいいと言ったところで、それは生涯に数度しか乗ることのない気まぐれな旅行者の言い分です。

 

これからの6時間近くに及ぶ宗谷本線の旅も、そうしたJR北海道の抱える厳しい現実と、それでもその中で頑張って日々鉄道の安全運行に尽力している“鉄道マン”達の、厳しい自然や老朽化との闘いを間近に見る旅でもありました。

続きを読む

最北端への旅 その1

少々間の空いてしまった「つれづれ」でした。今日からしばらく、北海道の旅を語っていきたいと思います。

今回もまたJR東日本の「大人の休日パス」利用の旅です。「寒い冬には北に行け」という諺に従い北海道の最北端に向かいました。目的は宗谷本線乗車です。横浜から鉄道利用なので始発に乗っても初日に行けるのは旭川までです。

青函トンネルを抜けると雪は降ったりやんだりでしたが、窓外も薄暗くなる頃にはしっかりとした降雪に変わっていました。11月終わりから12月始めにかけての雪が根雪になることは珍しいそうですが、訪問時の道央はすでに雪世界と化していました。

続きを読む