『山の本』100号祝賀会

昨日は白山書房季刊誌『山の本』の100号記念の祝賀会がありました。一年に4回の刊行なので四半世紀続いた山の読み物の雑誌としては今の時代、それだけでも功績と言えそうです。私は2008年より熊谷 榧さんの後任として本文の挿絵を担当、その後2011年よりカラー画と文の連載「心に映る山」の担当をしています。

 

100名近い参加者で、名前だけは知っていてもお会いしたことのない方、普段滅多にお目にかかれない方々などとの歓談も持て、祝賀会自体も大いに盛り上がりあっという間の二時間でした。

 

時間内では喋るのに忙しかったためか、終盤になってもお料理が結構残っていたのですが、さすが山屋。お開きです、と解散になった瞬間より猛然と殆どの人が残りを食べ始め、式場係りの方が片付け始めている脇で争うように次々と皿を空にしていく様は圧巻でした。

 

最後の締めも普通なら一本締めとか三本締めなのでしょうが、さすが山の本倶楽部代表のA氏、「フレー!フレー!」の掛け声による応援団式エールを白山書房に贈ったのでした。

秩父の山へ

下界が30℃を越えるという晴れの一日、山岳会の先輩方と例会山行に参加しました。行く先は山中に居るより移動時間の方が長い、ちょっと遠い秩父の山、破風山(はっぷさん)です。標高は626.5mあるのですが、何を勘違いしていたのか、標高も歩行時間も間違えて本来の半分以下と思って歩き始めていました。これが「失敗の元」? 秩父鉄道の皆野駅で落ち合い町中を登山口に向け出発する前に取り敢えずおにぎりを一個頬張りました。4時起きで軽くパンをかじっただけだったので、歩く前にすでにお腹が空いていたのです。

 

しかし今日のコースは一般的な北側からのコースではなく、バス利用なしの南側、大渕登山口からの前原尾根コースなのです。これがどれほど長く幾つものコブを乗り越えていくのか…把握していませんでした。最初のピークまではなかなか調子よくご機嫌でしたが……。

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絵描き二人で

先日の霧ヶ峰に行った翌日も、大変いい天気に恵まれました。スケッチをしながら帰ろうと思っていましたが、ご自分の山荘にお泊りだったSさんを行掛けに訪ねてみました。SさんもJR小海線沿線に足を伸ばしスケッチをすると仰っていたので、もうお出かけかと思っていましたが、まだご在宅。

ちょっとお茶をご馳走になりながら「どうします?」と二人で相談し、結局適当に車で走りながら一緒にあちこちでスケッチでもしましょう、ということになりました。

 

取り敢えず本来の目的であった小海線沿いに北上してみます。と、野辺山周辺まで来るとかっこよく八ヶ岳が見えています。まずはここで第一弾。夢中になって描いていましたが、そろそろ…というところで雲が下りてきて一段落。そしてそこは「ヤツレン(酪農のJA)」の駐車場兼店舗です。当然のようにおいしいソフトクリームも食べたのは言うまでもありません。

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霧ヶ峰の旧道

全国的に梅雨入りしたようですが、その前の晴れ間に霧ヶ峰を歩きました。甲斐大泉のペンション「ロッジ山旅」オーナーのガイドにて「森山の会」メンバーでの山歩きです。写真は強清水(こわしみず・一番霧ヶ峰で賑わう所)周辺から見た丸くてなだらかな車山と右手奥が蓼科山。上空の風で雲がいろいろな形に変化する下、強清水の駐車場からかつての登山道であろう旧道を辿って歩きました。

当日は歩きだしてすぐにグライダーが何機も飛び立つのを目にすることができました。前々からここがグライダーの適地とは知っていましたが、間近で離発着を見るのは初めてでした。霧ヶ峰はグライダー発祥の地でもあるそうです。

 

梅雨入り前、最高のお天気で霧ヶ峰も多くの観光客やドライブ、ライダーで賑わっていましたが、一歩草原の遊歩道に入ると一気に静かな世界になります。ほんの数十歩?でも、車で来ている観光客は滅多に歩かないものだとわかります。

下記に写真を添えて、当日の様子をご紹介します。

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銀山平の宿

いかにも“昭和!”と言った雰囲気の部屋です。庚申山登山に利用した「銀山平」の温泉宿「かめむら別館」の食事に使った広い日本間です。ここも客数が多いときには通常の客室として使うはずです。

 

今時すべて襖と障子、個室の鍵もなく、トイレも共同、でも宿泊の部屋はどれも二間続き。なんとものんびりしています。テレビはありますが自動販売機もなし、携帯の類いはdocomo以外は通じず。

 

しかしお肌すべすべ美人の湯の温泉で食事は山のものを主に山女や鹿肉、猪汁もありました。どれもおいしく、加えてご飯の旨いこと! 山に行って体重は確実に増えて帰ってきました。こういう‘施設・設備’はちょっと…どうも…という方にはお勧めできませんが、山屋的には何ともホッとする宿でした。贅沢なことは何もないけれど、静かな昔ながらの山旅をどこまでも味いながら寛げる宿だったのです。

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庚申山(こうしんやま)

群馬県桐生に向け北の栃木県足尾から谷間を流れるのが渡良瀬川です。かつて鉱山として「足尾千軒」と隆盛を極めた足尾ですが、鉱毒による水質・土壌汚染で人身被害・自然破壊を引き起こし負の歴史を刻みました。JR足尾線が「わたらせ渓谷鐵道」となって貨物廃止で足尾での製錬事業も事実上終止しました。今では地元住民の足と同時に風光明媚なわたらせ渓谷観光の目玉として地域活性に一役買っています。

 

足尾銅山最寄りの通洞駅より西の山間に入っていくと「銀山平」というところに行き着きます。ここが庚申山の登山口でもありますが、また足尾銅山の鉱山そのものであった備前楯山(びぜんたてやま)の登山口「舟石峠」にも通じています。備前楯山という名は、1600年始めに備前出身の百姓二人が鉱床を発見したことによると聞きました。当初の予定では銀山平に宿泊し、行き掛け駄賃の山としての備前楯山と足尾の観光を兼ねて「わたらせ渓谷鐵道」の「わっしー号」乗車、そして本命=念願の山=庚申山と計画したのですが・・・。

(写真は庚申山山頂先の展望地から、皇海山(すかいさん)の眺めです)

 

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