尾瀬訪問 その4ー三平峠を越え大清水へ

今回の最後の宿は尾瀬のなかで一番歴史のある「長蔵小屋」に宿泊しました。

 

沼から群馬県への下山路、三平峠を下った一ノ瀬まで現在では未舗装の車道が通っていますが、この道の先にかつて、三平峠を貫き福島側の沼山峠に至る自動車道路建設が進められていました。

 

尾瀬を開拓し、燧ヶ岳登山道を拓いた初代主の平野長蔵は大正期「尾瀬沼ダム化計画」に反対し奔走、当時の内相に請願し阻止しました。これが自然保護が社会問題となった最初ですが、初代の遺志を継ぎ二代目長英、そして三代目の平野長靖も尾瀬の自然保護に尽力しました。昭和生れの三代目・長靖は初代環境庁長官・大石武に目前まで迫っていた自動車道建設工事の中止を直訴し1971年7月に止めることが出来ましたが、過労を押しての同年12月の下山中、三平峠で凍死、36歳の若さでした。(長蔵小屋HP参照) 

 

水芭蕉やニッコウキスゲを思い描く憧れの湿原〜“遥かな尾瀬”も、実はこうした先人の命をかけた生涯によって守られていることを、心の片隅におきながら歩ければ…と思います。