南の島 その3

さて花之江河(はなのえごう)という高層湿原から分れ、初日は「石塚小屋」(避難小屋)に向かいます。

 

写真がその分岐を表す地点ですが、“本道”である宮之浦岳に続く登山道は木道などの整備がありますが、石塚小屋に向かう「花之江河登山道」はそれに比べると未整備状態。かつて県道592号線が「ヤクスギランド」までしか通じていなかった時代にはこちらがメインルートだったそうですが、車道が標高の高い淀川登山口まで伸びると利用者も激減、しかも沢沿いの山道は大雨の度に荒廃激しく、今では淀川登山道に“本道”を譲り渡した状態です。

 

まずは最初の沢越え用に、ただの太い丸木がかかっている通過には緊張しました。地図上では小屋まで1時間足らずなのですが、初めての、まして鉄ハシゴや暗い沢筋を幾つも越えるあまりいい状態でない視界のない登山道を「まだか、まだか…」と歩き続けるのは、実際より随分と長く感じました。

 

当日はずっと強風で、その強風が山を吹き荒らす音はかなり迫力があります。森の中では風は遮られて助かりますが、ビュービューとすごい勢いで雲が絶えることなく流されているのが見えます。雲と見えるものは、実際は自分の居るところでは霧であり、霧に包まれた視界がほとんどない山中に居ることになります。しかし、そうした事も杉やシャクナゲなどの深い深い森を徘徊していて、ゴーゴーという風の轟音以外には状況がほとんど把握できないで歩いているのが現実です。地図で確認しても、視界なく現在地も分からないままに歩き続けていたわけです。

 

 

ようやく到着した避難小屋、扉を開けて見れば板の間二階の隅に大きなザックとポリタンクに水がきちんと置かれています。が、荷主は不在。だんだん夕刻迫る頃に戻ってきたのは、大阪市立自然史博物館のHさんという学芸員でした。研究・調査の為に単独、この小屋に逗留して屋久島の植物(花)にくる昆虫を調べているとのこと。聞けば聞くほど色々と驚きでした。

 

キリキリの食糧を食いつないでの調査の様子です。で、その晩は簡単な夕食のあとに、こちらが持参していたワイン等とありあわせのつまみにて、夜8時頃までミニ宴会となりました。気さくなお人柄で興味深い話を色々伺い、思い返せば、縄文杉や九州最高峰登山よりこの避難小屋での出会いが一番印象的だったような気がするのは不思議です。でも、山の魅力の秘密はこんなところにあるのかも知れません。その晩、寝る前に外に出て雲の流れる隙間から見えた束の間の夜空、ほんの十秒かそこらでしたが、天の川が天上に美しく輝いていました。