最北端への旅 その2

朝まだ暗い内に旭川駅に雪を踏みしめて向かいます。下り稚内まで通しで行く列車は一日三本のみ、各駅停車で終点稚内まで走るのは6:02発の一本のみで他二本は特急や快速です。

 

5時半には駅に到着し入線時刻前にホームで待っていると2両編成のワンマン車両が入ってきました。「キハ40 1712」と書かれた車両に乗り込みますが、こちらは名寄(なよろ)までの運行で切り離されてしまいます。宗谷本線もご多分に漏れず朝の各停は学生の通学列車であり、それも名寄まで。あとは稚内終点まで、当日は乗り鉄の男性一人と私、そして途中乗車・下車のバックパッカー1名と地元の人2名、ほぼそれだけでした。これがJR北海道の現実です。いくら広大な北海道の旅には鉄道がいいと言ったところで、それは生涯に数度しか乗ることのない気まぐれな旅行者の言い分です。

 

これからの6時間近くに及ぶ宗谷本線の旅も、そうしたJR北海道の抱える厳しい現実と、それでもその中で頑張って日々鉄道の安全運行に尽力している“鉄道マン”達の、厳しい自然や老朽化との闘いを間近に見る旅でもありました。

 

これは名寄を過ぎ、連結していたキハ40も切り離した「キハ54 529」が「豊清水」で20分以上もの停車をしているところです。人影のない無人駅、本来このホームに足跡がつくはずもなかったのが、まさかの停車。歩き回って沢山の足跡を残しまくりました。

 

これには理由があります。

朝、旭川を出発した列車は市街地の駅を細かく停まっては座席も埋まるほどの学生や地元の人を乗せて走っていました。暫くすると窓外は人工物のない雪の自然をかき分けるようになり、次の塩狩駅に向かって塩狩峠をエンジンをゴオーゴオー唸らせて登っていきます。峠を登りきってようやくエンジン音も静かになったと思ったら急に列車停止。何もない雪の中にポツネンと止まってしまいました。何だろう?と待っていても、ここがワンマン運転の大変なところで、確認も連絡も放送もすべて運転士さんが一人でこなさねばなりません。「確認してまいりますので、しばらくお待ちください」のアナウンスから待つこと数分。ようやく戻って来てからの放送では「ポイントが動かなくなっています。只今作業中ですのでもう暫くお待ち下さい」と。塩狩駅手前のポイントの線路と線路の隙間に雪が埋まってしまい動かなくなってしまったのを、保守作業の人たちが取り除き20分ほどの遅れで動き出しました。想像するに、本格的な冬前の前夜の降雪は水気も多く、しかも写真の通りの好天。水っぽい雪は重く固まりポイント線路の隙間に執拗に張り付いてしまったのでは?というのが素人ながらの推測です。

 

ところがこの遅れが後々までひびき、本来上り特急「スーパー宗谷2号」とすれ違う筈の「音威子府・おといねっぷ」に定刻に到着できないため、4つ手前の複線の駅「豊清水」にて特急待ち20分以上の停車と相成った次第。音威子府駅での10分停車で記念スタンプを押したり、駅舎を見ようとの計画はパーになりましたが、ハプニングによって何もない無人駅の「豊清水」で過ごせたのはまず経験できないことで、もしかして物凄い‘儲けもの’だったかもしれません。

 

さんざん待ってやって来た旭川行きの「スーパー宗谷2号」は雪煙を上げて勢いよく短いホームを走り抜けて行きました。(写真はやってくるスーパー宗谷)

下の写真は名寄駅で切り離したキハ40と離れて別れて行くところです。