只見線の旅1

しばらく間が空いていました。戻り梅雨の前の猛暑のなか、いつもの「大人の休日パス」を使って福島県・会津地方を巡って来ました。本来なら北海道への取材に出かけるところですが、今回は諸事情によりJR只見線の旅に切り替えました。

 

大きな期待を抱かずにいた車窓からの景色、これが猛烈な太陽の日差しを浴びて陽炎が立つほどの冴え。早めに出発して、上越新幹線と上越線の乗り換え駅の「浦佐」にてスケッチ・タイムを計画していたのが見事的中でした。

<上越新幹線のロビーから見えた越後三山の八海山と越後駒ヶ岳・下の屋根は乗り換えの上越線ホーム

2時間以上の待ち合わせ時間にて、駅員さんにお願いして広大な!新幹線ロビーの一角を使わせてもらいスケッチ三昧。11:54発の普通・長岡行きにて小出駅へ、そこが今回の本命JR只見線の始発駅です。

 

その小出でも待合せ時間利用で駅前に一軒だけあった食堂『富貴亭』に入りました。注文を待っている間ふとカウンター上を見ると新しいものも含め『山の本』が20冊ほど並べてあります。マイナーな本だけに不思議に思い伺うと「以前、著者の人が置いていってくれて・・・」と女ご主人。執筆者のどなたか(地元?)でしょう。見開きカラー頁の画文の連載を開き「これは私が描いています」とお見せするとそのおかみさんはビックリ! それからは昔の小出駅前が、特急が着くたびに沢山の登山者で賑わい、翌早朝の始発まで雑魚寝したり中にはキャッチボールなんかを真夜中の2時ころ始めるのも居て大変だった…などと昔話を伺いました。

新幹線は二つ手前の「浦佐駅」に停車で、今ではちょっと外れた小出駅はひっそりとした雰囲気になっています。日本の各地が新幹線網で覆われ、ことごとく特急がなくなっていき、こうした町の活気や乗り換えの利便性が失われていきます。本来の移動手段としての「公共性」がないがしろにされて単に速さだけを最優先する鉄道開発は、人の生活と云う一番大切な基盤を忘れていると、旅をしながらよく感じることです。

 

さて、そうは言いながらも今回の目的のJR只見線。この一部不通区間の復旧を決めたのは大変な「英断」と喜ばずにはいられません。2011年東日本大震災と原発事故で被害を受けた福島県ですが、追い打ちをかけるようにその年の7月豪雨で会津地方が大きな水害に見舞われました。そして奥会津の生命線とも言える只見線の只見川付近一帯の氾濫で橋脚が複数流出など甚大な被害を受け、以来「只見〜会津川口」間は不通となり代行バスの運行となっています。今回も途中は代行バスの移動になりました。しかし廃線になるなど悲しい運命のローカル線が多いなか、この只見線の“奮闘”はとても嬉しいものです。「只見線応援団」という福島県が募っている支援もあります。

今回の旅では只見町に泊まり、知り合いの方にガイド(只見の生活案内)をしてもらうことになっていました。続編にてご紹介します。